「レッドマンのこころ―「動物記」のシートンが集めた北米インディアンの魂の教え」
・訳者あとがきより
著者が『動物記』のシートンその人であることを確認したのは、まったくの偶然である。
読書家の知人が、シートンの全集にThe Gospel of the Redmanなる署名があると教えてくれたのである。
どうやら、シートンというと『動物記』を連想させるほどその印象が強かったために、シートンが最後に行き着いた人生観が随所に見られる本書も、その存在の影が薄くなってしまったのであろう。
八十六歳で他界するその十年前に書かれた本書の「エピローグ」は、シートンの人生観の集約であるとみてよいと私は思うのであるが、そうした側面は、世間的にはあまり知られていないようである。
・目次
一章 レッドマンのこころ
二章 レッドマンの社会生活
三章 健康美あふれる生活
四章 預言者ワバシャは語る
五章 レッドマンの「古事記」
六章 レッドマンの「血」を死守せんとした英雄の系譜
「これが死後の世界だ―開かれた来世 (潮文社リヴ)」
・まえがきより
私は、かねがね、今まで自分が読んだ霊界通信を一冊にまとめてみたいと思っていたのであるが、その望みがようやく本書となって実現した。
引用したものには私なりの解説を加えてある。
全般的に観たかぎりでは、これで死後に関する一通りの知識は得られるのではないかと自負している。
・目次
第一章 霊界通信はどこまで信用できるか
第二章 死後の環境
第三章 霊魂の成長と進化
第四章 地上生活の目的と意義
第五章 霊界の仕事
第六章 地上的縁の行方
第七章 神の啓示
第八章 むすび
「スピリチュアル・ストーリーズ―天使がくれたおくりもの」
・訳者あとがきより
この童話には、死後の世界や霊界の話がよく出てきます。
それらは事実を述べたものであって、作り話ではありません。
二十一世紀になって急にスピリチュアルな世界に関心が寄せられるようになり、書店の精神世界のコーナーには、たくさんの本が置かれるようになりました。
ですが、霊の存在を当たり前の事実として扱っている童話は、おそらく本書が初めてではないかと思います。
そのため、訳してから出版にこぎつけるまでに、半世紀もの時間がかかってしまいました。
日本のスピリチュアリズム普及に大きな貢献をされた近藤千雄さんの訳書や著書を紹介します。 「死んだらどうなる?」「あの世ってある?」「霊やおばけっているの?」「神様はいるの?」「スピリチュアリズムって何?」「なぜ自殺はだめなの?」
2017年7月24日月曜日
2017年7月21日金曜日
霊の存在や霊界について 9
「心霊科学本格入門―スピリチュアリズムが人生を変える (ワニの選書)」
・まえがきより
霊とか魂、あるいはそれをいっしょにした霊魂といった言葉は、古い文献ほど多く見かける。
それだけ、太古ほど死者の霊にまつわる思いが強く、それが風習やしきたりを生み、さらに時代の推移とともに変化しながら近年まで引き継がれてきた、ということのようである。
が、その概念も、十九世紀なかばからコペルニクス的転回をとげることになる。
心霊現象を科学的に究明するという、それまでには考えも及ばなかったことが、学者としてのメンツや権威の失墜を振り払った勇気ある学者によって、主として英国と米国で浩然と行われるようになった。
そしてそこから導きだされた結論は、人間は死んで霊となるのではなく、人間はもともと霊的存在であり、それが今こうして肉体に宿って生活を営んでいるにすぎない。
したがって、肉体の死後にも霊的自我が生き続けるのはごく当たり前の自然現象である、というものだった。
そして、そこからスピリチュアリズム思想が発生してきた。
(中略)
本書で私は、そうした研究の成果と体験をふまえて、“霊”とは何かという命題にスピリチュアリズムの立場から具体的な解答を出すと同時に、それが地上人生の生き方にいかなる示唆を与えているか、この現実界とはどういう関連性があるのか、といった問題にも言及してみたいと思っている。
「スピリチュアリズムと宇宙哲学―人間はいずこより来りて、いずこへ行くのか」
・まえがきより
さて、いまの私の書架を見ると、その大学時代に読んだものやその後取り寄せたものを含めて、ほぼ百五十冊ばかりが並んでおり、そのうちのほぼ五十冊ばかりは私自身による訳書である。
残りの百冊ばかりも貴重なものばかりであるが、内容的にみて日本人には受け入れられそうにないものや、ページ数が多すぎたり少なすぎたりして出版してもらえそうにないものである。
しかし、そういうものを毎日のように目にしていると、このままではいけない_何らかの形で出さなくては、という思いが去来する。
そこで思い付いたのが、それらを総合的にまとめることである。
これ一冊あれば全てが分かる、と言えるようなものを作ることである。
それが本書である。
・目次
第一章 人間の本質と死後の世界
第二章 人体の見えざるメカニズム
第三章 霊性開発のための食養生と精神修養
第四章 天変地異と人間の運命_「運命」についての自伝的私論
・まえがきより
霊とか魂、あるいはそれをいっしょにした霊魂といった言葉は、古い文献ほど多く見かける。
それだけ、太古ほど死者の霊にまつわる思いが強く、それが風習やしきたりを生み、さらに時代の推移とともに変化しながら近年まで引き継がれてきた、ということのようである。
が、その概念も、十九世紀なかばからコペルニクス的転回をとげることになる。
心霊現象を科学的に究明するという、それまでには考えも及ばなかったことが、学者としてのメンツや権威の失墜を振り払った勇気ある学者によって、主として英国と米国で浩然と行われるようになった。
そしてそこから導きだされた結論は、人間は死んで霊となるのではなく、人間はもともと霊的存在であり、それが今こうして肉体に宿って生活を営んでいるにすぎない。
したがって、肉体の死後にも霊的自我が生き続けるのはごく当たり前の自然現象である、というものだった。
そして、そこからスピリチュアリズム思想が発生してきた。
(中略)
本書で私は、そうした研究の成果と体験をふまえて、“霊”とは何かという命題にスピリチュアリズムの立場から具体的な解答を出すと同時に、それが地上人生の生き方にいかなる示唆を与えているか、この現実界とはどういう関連性があるのか、といった問題にも言及してみたいと思っている。
「スピリチュアリズムと宇宙哲学―人間はいずこより来りて、いずこへ行くのか」
・まえがきより
さて、いまの私の書架を見ると、その大学時代に読んだものやその後取り寄せたものを含めて、ほぼ百五十冊ばかりが並んでおり、そのうちのほぼ五十冊ばかりは私自身による訳書である。
残りの百冊ばかりも貴重なものばかりであるが、内容的にみて日本人には受け入れられそうにないものや、ページ数が多すぎたり少なすぎたりして出版してもらえそうにないものである。
しかし、そういうものを毎日のように目にしていると、このままではいけない_何らかの形で出さなくては、という思いが去来する。
そこで思い付いたのが、それらを総合的にまとめることである。
これ一冊あれば全てが分かる、と言えるようなものを作ることである。
それが本書である。
・目次
第一章 人間の本質と死後の世界
第二章 人体の見えざるメカニズム
第三章 霊性開発のための食養生と精神修養
第四章 天変地異と人間の運命_「運命」についての自伝的私論
2017年7月17日月曜日
霊の存在や霊界について 8
「日本人の心のふるさと“かんながら
”と近代の霊魂学“スピリチュアリズム”」
・まえがき より
十九世紀半ばに米国で勃興し、二十世紀初頭に英国で飛躍的な発展を遂げ、二十世紀半ば
に日本に移入されて、今、新ミレニアムの人生指針として静かな注目を集めている人生思
想に『スピリチュアリズム』というのがある。
人間の個性の死後存続を大前提とした生命哲学で、私は十八歳の時にこの思想に出会って
以来、古稀を目前にした今日までのほぼ半世紀にわたって関わり続けてきた。
その間に翻訳した英米の関係書はほぼ五十冊、自著ならびに編著は十冊を超えるが、それ
ほど西洋の著作に関わってきた私が次第に目覚めてきたのが、日本人の心の原点ともいう
べき『かんながら』、すなわち感じが輸入されて以来『神道』と呼ばれるようになった霊
的思想と、その物的表象としての『神社』のすばらしさである。
「他」を知ることによって「自」に目覚めたということであろうか。
・目次
序章 日本人および日本文化の源流
第一章 《かんながら》の思想の真髄
第二章 浅野和三郎の『龍神遠祖説』
第三章 《かんながら》の表象としての神社
第四章 《かんながら》の歴史的変遷
第五章 日本人の脳の特殊性と言霊
第六章 死後の世界観を塗り変えたスピリチュアリズム
第七章 「現代の啓示」の受信者たち
第八章 人間の霊的構成と死後の階層
第九章 日本的な、あまりに日本的な霊現象
第十章 稀代の霊的治療家ハリー・エドワーズ
第十一章 スピリチュアルな旅としての人生
「「あの世」からの現地報告(三部作) 〈その1〉死後の世界も自然界である―付:ウィリアム・ティンダル 新約聖書を英語に翻訳 して火刑に処せられた男」
・本書について(近藤)
著者であり受信者であるアンソニー・ボージャには、本書(一九八六年)のほかに二冊の
著作がある。
いずれも死後の世界ないしは死後の生活を扱ったもので、第一作の Life In The World
Unseen が一九五四年に、その続編の More About the Life In The World Unseen が二年
後の一九五六年に出版されている。
二冊ともボージャ氏が他界した親友(複数)から届けられた霊界通信で、とくに英国内で
大きな反響を呼んだ。
「通信はもうないのか」という読者からの要望に応えて書き下ろしたのが本書で、前二著
を基礎にして死後の世界をわかりやすく解説したものである。
・目次
第1章 死の直後の様子
第2章 死後の界層 本格的な人生は死後から始まる
第3章 死後の世界も自然界の一部
・まえがき より
十九世紀半ばに米国で勃興し、二十世紀初頭に英国で飛躍的な発展を遂げ、二十世紀半ば
に日本に移入されて、今、新ミレニアムの人生指針として静かな注目を集めている人生思
想に『スピリチュアリズム』というのがある。
人間の個性の死後存続を大前提とした生命哲学で、私は十八歳の時にこの思想に出会って
以来、古稀を目前にした今日までのほぼ半世紀にわたって関わり続けてきた。
その間に翻訳した英米の関係書はほぼ五十冊、自著ならびに編著は十冊を超えるが、それ
ほど西洋の著作に関わってきた私が次第に目覚めてきたのが、日本人の心の原点ともいう
べき『かんながら』、すなわち感じが輸入されて以来『神道』と呼ばれるようになった霊
的思想と、その物的表象としての『神社』のすばらしさである。
「他」を知ることによって「自」に目覚めたということであろうか。
・目次
序章 日本人および日本文化の源流
第一章 《かんながら》の思想の真髄
第二章 浅野和三郎の『龍神遠祖説』
第三章 《かんながら》の表象としての神社
第四章 《かんながら》の歴史的変遷
第五章 日本人の脳の特殊性と言霊
第六章 死後の世界観を塗り変えたスピリチュアリズム
第七章 「現代の啓示」の受信者たち
第八章 人間の霊的構成と死後の階層
第九章 日本的な、あまりに日本的な霊現象
第十章 稀代の霊的治療家ハリー・エドワーズ
第十一章 スピリチュアルな旅としての人生
「「あの世」からの現地報告(三部作) 〈その1〉死後の世界も自然界である―付:ウィリアム・ティンダル 新約聖書を英語に翻訳 して火刑に処せられた男」
・本書について(近藤)
著者であり受信者であるアンソニー・ボージャには、本書(一九八六年)のほかに二冊の
著作がある。
いずれも死後の世界ないしは死後の生活を扱ったもので、第一作の Life In The World
Unseen が一九五四年に、その続編の More About the Life In The World Unseen が二年
後の一九五六年に出版されている。
二冊ともボージャ氏が他界した親友(複数)から届けられた霊界通信で、とくに英国内で
大きな反響を呼んだ。
「通信はもうないのか」という読者からの要望に応えて書き下ろしたのが本書で、前二著
を基礎にして死後の世界をわかりやすく解説したものである。
・目次
第1章 死の直後の様子
第2章 死後の界層 本格的な人生は死後から始まる
第3章 死後の世界も自然界の一部
2017年7月13日木曜日
妖精について
「妖精物語―実在する妖精世界 (TEN BOOKS)」
・イギリスのコティングリー渓谷で、2人の少女が妖精を写真に撮ったというできごとをコナン・ドイルが検証したものです。
「妖精世界―霊視した妖精の姿 (Ten books)」
・著者ホドソンが霊視した妖精が、出会った時、場所、妖精の仕草、表情、情景など細微に記録された本です。
・まえがき(C・W・リードビーター)より
ホドソン氏は、霊視能力のある人でさえ努力を重ねてやっと発揮する精霊観察能力を、生まれつきもっておられる、大変恵まれた方である。
この種の能力がもっと一般的なものとなる日が一日も早く到来してくれることを祈りたい。
その段階まで進化すれば、人類は紙の計画を今よりはるかに深く理解し、それとともに、神の意志にのっとった、もっと賢明な生き方を悟っていくことであろう。
本書に収められた記録は、生命活動に関する人類の概念を大きく広げ、無数の界層で展開している素晴らしい、華麗な生命現象の存在を明るみに出し、その中にあって地上的生命はほんの一かけらにすぎないことを教えてくれる。
しかし、その地上世界も、今こうして、霊視能力という超能力によって明るく照らし出されつつあるのである。
「妖精(フェアリー)―妖精写真は物語る (TEN BOOKS)」
・本文より
第一部はコッティングレー渓谷で奇跡的に撮れた五枚の写真に関する私の調査結果の報告という形になったが、その後私は二年から三年の歳月をかけて、そうした自然霊たちがこの地上の生命活動の中でどういう役割を果たしているのか、またわれわれ人間世界と、どこでどうつながっているのか、といった点についての調査・研究をしてみた。
・イギリスのコティングリー渓谷で、2人の少女が妖精を写真に撮ったというできごとをコナン・ドイルが検証したものです。
「妖精世界―霊視した妖精の姿 (Ten books)」
・著者ホドソンが霊視した妖精が、出会った時、場所、妖精の仕草、表情、情景など細微に記録された本です。
・まえがき(C・W・リードビーター)より
ホドソン氏は、霊視能力のある人でさえ努力を重ねてやっと発揮する精霊観察能力を、生まれつきもっておられる、大変恵まれた方である。
この種の能力がもっと一般的なものとなる日が一日も早く到来してくれることを祈りたい。
その段階まで進化すれば、人類は紙の計画を今よりはるかに深く理解し、それとともに、神の意志にのっとった、もっと賢明な生き方を悟っていくことであろう。
本書に収められた記録は、生命活動に関する人類の概念を大きく広げ、無数の界層で展開している素晴らしい、華麗な生命現象の存在を明るみに出し、その中にあって地上的生命はほんの一かけらにすぎないことを教えてくれる。
しかし、その地上世界も、今こうして、霊視能力という超能力によって明るく照らし出されつつあるのである。
「妖精(フェアリー)―妖精写真は物語る (TEN BOOKS)」
・本文より
第一部はコッティングレー渓谷で奇跡的に撮れた五枚の写真に関する私の調査結果の報告という形になったが、その後私は二年から三年の歳月をかけて、そうした自然霊たちがこの地上の生命活動の中でどういう役割を果たしているのか、またわれわれ人間世界と、どこでどうつながっているのか、といった点についての調査・研究をしてみた。
2017年7月12日水曜日
心霊治療に関する本 2
「迷える霊(スピリット)との対話―スピリチュアル・カウンセリングによる精神病治療の30年」
・訳者あとがきより
本書は、米国の精神科医カール・ウィックランド博士が、異常行動で医学の手に負えなくなった患者を、特殊な方法で治療すべく悪戦苦闘した、30余年にわたる記録の全訳である。
その特殊な方法とは、心霊研究の分野で“招霊実験”と呼ばれているもので、異常行動の原因は死者のスピリットの憑依であるとの認識のもとに、その患者に、博士が考案した特殊な静電気装置で電流を通じる。
すると、その電気ショックがスピリットにとってはまるでカミナリに当たったような反応を生じ、いたたまれなくなったスピリットが患者から離れる。
それをマーシーバンドと名のる背後霊団が取り押さえて霊媒に乗り移らせる。
乗り移ったスピリットは大半がその事実に気づかずに、霊媒の目・耳・口を自分のものと思い込んで使用し、地上時代と同じ状態で博士との対話を交わすことになる。
その問答を通じてスピリットは、現在の本当の身の上を自覚して患者から離れていく、という趣向である。
「背後霊の不思議―あなたの運勢を開く」
・まえがきより
かく言う私は一介の心霊治療家である。
一日におよそ二十人から三十人の患者を治療しているが、その九十九パーセントまでが医学的に“不治”とされている人たちである。
歩けない人、ものが言えない人など、医学から見放された人が私のもとに来ては杖を置いて帰り、「ありがとう」という言葉が言えるようになって帰っていく。
そうした人たちからの感謝の手紙を週に何十通も受け取っている。
そうした治療家としての体験を通して、私は人間および人生について普通では学べないものを数多く学んだ。
いわば患者が私に教えてくれたわけである。
病気になる人には病気になるような一つの型がある。
その型にはまらないようにさえすれば病気は避けられる。
また過去のそうした誤った型から脱して首尾よく健康を回復した人は、単に健康だけでなく、必ずそれ以外の何物かをも獲得してくれる。
すなわち人生に落ち着きと自信を取り戻し、現代生活の複雑さに耐えていきるだけの抵抗力といったものを身につけてくれる。
こうして、心身の病を治療できる私が、それを未然にふせぐ方法を知っていても不思議はないであろう。
私は本書で、自信をもってそれを説いている。
病気に代わって健康を与え、無知に代わって知識を授け、それを基礎として快適で生き甲斐のある人生を築いてもらうべく、いろいろな角度から説いた。
・訳者あとがきより
本書は、米国の精神科医カール・ウィックランド博士が、異常行動で医学の手に負えなくなった患者を、特殊な方法で治療すべく悪戦苦闘した、30余年にわたる記録の全訳である。
その特殊な方法とは、心霊研究の分野で“招霊実験”と呼ばれているもので、異常行動の原因は死者のスピリットの憑依であるとの認識のもとに、その患者に、博士が考案した特殊な静電気装置で電流を通じる。
すると、その電気ショックがスピリットにとってはまるでカミナリに当たったような反応を生じ、いたたまれなくなったスピリットが患者から離れる。
それをマーシーバンドと名のる背後霊団が取り押さえて霊媒に乗り移らせる。
乗り移ったスピリットは大半がその事実に気づかずに、霊媒の目・耳・口を自分のものと思い込んで使用し、地上時代と同じ状態で博士との対話を交わすことになる。
その問答を通じてスピリットは、現在の本当の身の上を自覚して患者から離れていく、という趣向である。
「背後霊の不思議―あなたの運勢を開く」
・まえがきより
かく言う私は一介の心霊治療家である。
一日におよそ二十人から三十人の患者を治療しているが、その九十九パーセントまでが医学的に“不治”とされている人たちである。
歩けない人、ものが言えない人など、医学から見放された人が私のもとに来ては杖を置いて帰り、「ありがとう」という言葉が言えるようになって帰っていく。
そうした人たちからの感謝の手紙を週に何十通も受け取っている。
そうした治療家としての体験を通して、私は人間および人生について普通では学べないものを数多く学んだ。
いわば患者が私に教えてくれたわけである。
病気になる人には病気になるような一つの型がある。
その型にはまらないようにさえすれば病気は避けられる。
また過去のそうした誤った型から脱して首尾よく健康を回復した人は、単に健康だけでなく、必ずそれ以外の何物かをも獲得してくれる。
すなわち人生に落ち着きと自信を取り戻し、現代生活の複雑さに耐えていきるだけの抵抗力といったものを身につけてくれる。
こうして、心身の病を治療できる私が、それを未然にふせぐ方法を知っていても不思議はないであろう。
私は本書で、自信をもってそれを説いている。
病気に代わって健康を与え、無知に代わって知識を授け、それを基礎として快適で生き甲斐のある人生を築いてもらうべく、いろいろな角度から説いた。
2017年7月8日土曜日
霊の存在や霊界について 7
「心霊と進化と―奇跡と近代スピリチュアリズム」
・訳者あとがきより
原著者のウォーレス Alfred Russsel Wallace については改めて紹介するまでもない。
ダーウィンと並んで自然淘汰説を進化論に取り入れた博物学者としてその名を知られているが、ごく最近になってこの自然淘汰説は実はウォーレスの方がオリジナリティをもつものであったことが明らかにされた。(アーノルド・ブラックマン「ダーウィンに消された男」朝日新聞社刊)
しかしそれ以上に知られていない事実、というよりはむしろ偏見をもって誤解されている事実に、ウォーレスのスピリチュアリズム研究がある。
目に見えぬ知的エネルギーの存在を単なる好奇心や俗趣味からでなく、人生哲学と専門の根幹として真剣に調査研究したその成果をまとめたのが本書である。
・まえがきより
初めて心霊現象の話を耳にした時も、唯物論で埋め尽くされた私の思想耕造の中には、霊とか神といった物質以外の存在を認める余地はまるで無かったといってよい。
が、事実というものは頑固である、どうしようもないものである。
知人宅で起きた原因不明の小さな心霊現象がきっかけとなって生来の真理探求心が頭をもたげ、どうしても研究してみずにはいられなくなった。
そして、研究すればするほど現象の実在を確信すると同時に、その現象の種類も多岐にわたることもわかり、その示唆するところが近代科学の教えることや近代哲学が思索しているものからますます遠ざかっていくことを知ったのである。
私は事実という名の鉄槌に打ちのめされてしまった。
その霊的解釈を受け入れるか否かの問題より前に、まずそうした現象の存在を事実として認めざるを得なかった。
前に述べたように当時の私の思想耕造の中には“そうしたものの存在を認める余地はまるで無かった”のであるが、次第にその“余地”ができてきた。
それは決して先入観や神学上の信仰による偏見からではない。
事実を一つ一つ積み重ねていくという絶え間ない努力の結果であり、それよりほかに方法が無かったのである。
「古武士霊は語る―実録・幽顕問答より」
私は最初書店で題名を見て『こんな本があるからだめなんだよな。』と思ってしまいました。
武士のお化けが登場する、恐怖を煽るようなオカルト本の類だと思い、霊的な知識の妨げとなるような本だと思ったのです。
で、著者名を見て『え!?』と驚いてしまいました。
そこで、手にとって中身を確認して買い求めた次第です。
内容は、無念の割腹自殺を遂げた加賀の武士が、積年の願いを遂げるためにある家の若主人に憑依して出現した事実を、それに関わった人が記録として残したものを、丁寧に解説したものです。
「私の霊界紀行―驚異の幽体離脱体験記」
・訳者まえがきより
スカルソープ氏は地味な霊能者である。
経験年数からいうとすでに30年近くになるが、派手な活動をせず、著書も他に本書の続編が1冊あるだけで、コツコツと体験を積み重ねながら、つねに修養を第一に心がけている真摯な学徒という印象をうける。
本当はすべての霊能者がそうあらねばならないのである。
ところが、これは世界どの国の霊能者にも言えることであるが、霊能が出はじめると何となく偉くなったような錯覚を抱き、まわりの者にもてはやされるとその錯覚を一段とエスカレートさせ、ご大層なことを言い出し、法外な金銭を取りだす霊能者が多すぎるのである。
そうした中でスカルソープ氏は初心を忘れないきわめて貴重な存在であり、そうした性格や生活信条は本書の随所に表れている。
私がぜひとも本書を翻訳して紹介したいと思った理由もそこにある。
・訳者あとがきより
原著者のウォーレス Alfred Russsel Wallace については改めて紹介するまでもない。
ダーウィンと並んで自然淘汰説を進化論に取り入れた博物学者としてその名を知られているが、ごく最近になってこの自然淘汰説は実はウォーレスの方がオリジナリティをもつものであったことが明らかにされた。(アーノルド・ブラックマン「ダーウィンに消された男」朝日新聞社刊)
しかしそれ以上に知られていない事実、というよりはむしろ偏見をもって誤解されている事実に、ウォーレスのスピリチュアリズム研究がある。
目に見えぬ知的エネルギーの存在を単なる好奇心や俗趣味からでなく、人生哲学と専門の根幹として真剣に調査研究したその成果をまとめたのが本書である。
・まえがきより
初めて心霊現象の話を耳にした時も、唯物論で埋め尽くされた私の思想耕造の中には、霊とか神といった物質以外の存在を認める余地はまるで無かったといってよい。
が、事実というものは頑固である、どうしようもないものである。
知人宅で起きた原因不明の小さな心霊現象がきっかけとなって生来の真理探求心が頭をもたげ、どうしても研究してみずにはいられなくなった。
そして、研究すればするほど現象の実在を確信すると同時に、その現象の種類も多岐にわたることもわかり、その示唆するところが近代科学の教えることや近代哲学が思索しているものからますます遠ざかっていくことを知ったのである。
私は事実という名の鉄槌に打ちのめされてしまった。
その霊的解釈を受け入れるか否かの問題より前に、まずそうした現象の存在を事実として認めざるを得なかった。
前に述べたように当時の私の思想耕造の中には“そうしたものの存在を認める余地はまるで無かった”のであるが、次第にその“余地”ができてきた。
それは決して先入観や神学上の信仰による偏見からではない。
事実を一つ一つ積み重ねていくという絶え間ない努力の結果であり、それよりほかに方法が無かったのである。
「古武士霊は語る―実録・幽顕問答より」
私は最初書店で題名を見て『こんな本があるからだめなんだよな。』と思ってしまいました。
武士のお化けが登場する、恐怖を煽るようなオカルト本の類だと思い、霊的な知識の妨げとなるような本だと思ったのです。
で、著者名を見て『え!?』と驚いてしまいました。
そこで、手にとって中身を確認して買い求めた次第です。
内容は、無念の割腹自殺を遂げた加賀の武士が、積年の願いを遂げるためにある家の若主人に憑依して出現した事実を、それに関わった人が記録として残したものを、丁寧に解説したものです。
「私の霊界紀行―驚異の幽体離脱体験記」
・訳者まえがきより
スカルソープ氏は地味な霊能者である。
経験年数からいうとすでに30年近くになるが、派手な活動をせず、著書も他に本書の続編が1冊あるだけで、コツコツと体験を積み重ねながら、つねに修養を第一に心がけている真摯な学徒という印象をうける。
本当はすべての霊能者がそうあらねばならないのである。
ところが、これは世界どの国の霊能者にも言えることであるが、霊能が出はじめると何となく偉くなったような錯覚を抱き、まわりの者にもてはやされるとその錯覚を一段とエスカレートさせ、ご大層なことを言い出し、法外な金銭を取りだす霊能者が多すぎるのである。
そうした中でスカルソープ氏は初心を忘れないきわめて貴重な存在であり、そうした性格や生活信条は本書の随所に表れている。
私がぜひとも本書を翻訳して紹介したいと思った理由もそこにある。
2017年7月6日木曜日
心霊治療に関する本
「霊体手術の奇跡―霊医ウィリアム・ラング」
・まえがきより
つまり私が入神すると、その私の肉体をウィリアム・ラングという1037年にこの世を去った外科医が占領し、自分の肉体同然に駆使して患者の手術に当たるのである。
手術といっても肉体に手術するのではない、患者の「霊体」に手術するのである。
その間私は無意識のままである。
その意味では私はきわめて消極的な協力者にすぎない。
が、私がいなくてはラング霊も治療ができない。
その上、普段の私にはもう一つの大切な仕事がある。
すなわち世界各地から寄せられる申込みの手紙や治療後の経過報告に目を通し、しかるべき処置をとらねばならない。
そうした仕事の具体的な内容については第三章でくわしく述べるつもりである。
「私は霊力の証を見た―奇跡の心霊治療」
・あとがきに代えて より(訳者)
心霊治療に関する最も新しい本にD・ハーベイの「癒す力_心霊治療とその実体験」というのがある。
古代からげんだいまでの奇跡的治癒の事実を細かく分析・検討した力作であるが、その「序論」の冒頭を飾っているのが本書の著者モーリス・テスター氏の体験である。
この事実からも、奇蹟的治癒の体験後、自らが治療家となったテスター氏は西洋でも極めて異色の存在であることが窺える。
第一章を読まれてこの劇的な体験に感激された方が多いのではなかろうか。
まさに奇蹟と呼ぶに相応しい。
私も訳しながら思わず涙のにじむのを感じたほどである。
「現代人の処方箋―心霊学に学ぶ」
・序より
テスター氏は、本書の中で現代人の身体的病気や精神的ないし感情的な行き詰まりの原因となっている“心の姿勢”を正すための指針を、心霊治療家としての豊富な経験にもとづいて述べている。
・まえがきより
つまり私が入神すると、その私の肉体をウィリアム・ラングという1037年にこの世を去った外科医が占領し、自分の肉体同然に駆使して患者の手術に当たるのである。
手術といっても肉体に手術するのではない、患者の「霊体」に手術するのである。
その間私は無意識のままである。
その意味では私はきわめて消極的な協力者にすぎない。
が、私がいなくてはラング霊も治療ができない。
その上、普段の私にはもう一つの大切な仕事がある。
すなわち世界各地から寄せられる申込みの手紙や治療後の経過報告に目を通し、しかるべき処置をとらねばならない。
そうした仕事の具体的な内容については第三章でくわしく述べるつもりである。
「私は霊力の証を見た―奇跡の心霊治療」
・あとがきに代えて より(訳者)
心霊治療に関する最も新しい本にD・ハーベイの「癒す力_心霊治療とその実体験」というのがある。
古代からげんだいまでの奇跡的治癒の事実を細かく分析・検討した力作であるが、その「序論」の冒頭を飾っているのが本書の著者モーリス・テスター氏の体験である。
この事実からも、奇蹟的治癒の体験後、自らが治療家となったテスター氏は西洋でも極めて異色の存在であることが窺える。
第一章を読まれてこの劇的な体験に感激された方が多いのではなかろうか。
まさに奇蹟と呼ぶに相応しい。
私も訳しながら思わず涙のにじむのを感じたほどである。
「現代人の処方箋―心霊学に学ぶ」
・序より
テスター氏は、本書の中で現代人の身体的病気や精神的ないし感情的な行き詰まりの原因となっている“心の姿勢”を正すための指針を、心霊治療家としての豊富な経験にもとづいて述べている。
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